2008.12.28 Sun
気持ちは前のめり。
「舞台は夢 イリュージョン・コミック」
――行方のわからぬ息子の安否を気に病む父親・プリダマンは、友人・ドラントと共に洞窟に棲む魔術師・アルカンドルのもとを訪れる。2人は「ご子息がいかに偉大な人物となったかを見せて差し上げよう」という魔術師にいざなわれ、息子の人生の有為転変に、まるで「観客」のように立ち会うこととなった。
次々と息子の身の上に起こる波瀾万丈の果てに最後に行き着いたのは、愛しい息子の非業の死という悲劇的結末。絶望し、自らの命を絶つと口走る父親に、魔術師が明かしてみせた秘密・・・。
幾重にも重なった複雑な「劇」のその先に、思いもかけない世界が立ち現れる――。
今年最後の舞台となった作品ですが・・・むちゃくちゃおもしろかった!
上演時間は2時間で休憩なしでしたが、その2時間があっという間。笑ってどきどきして、最後の種明かしに「やられた!ってこういうことだよね」と、「してやったり」な爽快感を制作側に味わわせてやりましたよ(笑)
ほんと、まんまと乗っかってました。うーん、いい乗り心地だった。
新国立劇場の中劇場(1010席)での上演でしたが、ここの劇場は音響も最高だし、どこに座っても観やすいので、大好きな劇場です。きれいだしね。
チケットは堤真一の会の先行で取ったんですが、真ん中から後ろ寄りという、『さすがは私クオリティー』の座席だったので期待せずに行ったら、舞台を円形にして中央に持ってきていたので、実質前から5・6列目という素晴らしい席でした。
作品は、フランスの古典劇の巨星・ピエール・コルネイユの「問題喜劇」ということで・・・ま、全然知らずに見たんですけども(笑)
『父親が、行方のわからなくなった息子のこれまでを魔術師の力によって観る』がひとつの軸、『魔術師が見せる、息子のこれまでの生き方』がもうひとつの軸。つまりは劇中劇という構造で全体が動いていく作品です。
これがねー、難解ではなく、観ているとどっちの流れもおもしろいくらいにするっと入ってくるんですよ。父親側の「それでどうなったんだ?息子のこの先はいったい・・・」という気持ちにもなるし、堤さん演じる息子のあぶなっかしい生き方や、かかわる女性たち(息子は女ったらしでした・笑)とのやり取りにも感情移入出来る。
劇中劇を取り入れた作品って、結構重めのものも多いし、ちょっと意識を逸らすと置いてきぼりを食らうんじゃないかと、これまで割と一生懸命観ていたので、こういうすんなり入り込める作りのものは初めてでしたね。時間が経つにつれ、テンションがぐんぐん上がっていくのが自分でわかる(笑)
作品のおもしろさはもちろん、舞台の作り方の上手さもありました。装置の面でね。
大きな円形の舞台がひとつ、その横にひとがひとり立てるくらいの小さな円形の舞台がひとつ。そのふたつの舞台のまわりはかなり広めにスペースを取ってあり、大きな板の上に丸をぽんぽんと置いたような感じに見えました。
円形の舞台も、その下のスペースも、観客からすれば『舞台』なわけですが、父親側の芝居は円形の下で行われ、円形の舞台で繰り広げられる息子の人生を観る。観客はその時、『息子の人生を観る父親を観る』という形なんですよね。・・・なんとも素晴らしい三層構造(笑)
客席の最前列が舞台と同じ高さ(円形の方ではなく)なので、ほとんどのお客さんが舞台より高い位置にいるんですよね。なんだか、箱の中で起こっている出来事をこっそりと覗き込んでいるような気分で、おもしろい感覚だなー、と思いながら観ていました。
キャストはもう、皆さん上手い方ばかりなのであれなんですが、なんといっても段田安則さん。
段田さんは魔術師と、魔術師が見せる息子の人生の中での、息子の仕える主人の2役なんですが(えらいややこしい説明ですが)、特に主人の役のおもしろいこと!
主人は主人なんだけど、『ほらふき隊長』と言われ、おだてられることに弱く、腰抜けで、思いを寄せる相手を家来(堤さん)にもって行かれるという、もうほんとにしょうもない間抜けなんですが、その滑稽さがたまらなく上手いんですよね。台詞も多いし、動きも激しいんですが、ひとりで空回ってる印象はないし、絶妙な間なんですよ。アドリブも含め、どのシーンも最高でした。
段田さんと同じくらい、カーテンコールで拍手を浴びていたのが高田聖子さん。
観る機会の多い女優さんですが、いつもいつも心をわしづかみにされてます(笑)もちろん今回も。
どんな役にでもするっと入り込んでいるような気がするんですよね。おもしろい部分が強調されがちですが、シリアスなシーンも深みがあってすごく上手い。声もいちばん通ってたな。
高田さんも段田さんと同じく、ひとりでの台詞も会話での台詞も『間』が絶妙なんですよね。『絶妙』とか『最高』とか、抽象的な表現しか出て来なくてかなしいんですが、その台詞をより活かす『間』、とでもいうのかな。・・・って、これも具体性ゼロですが、台詞と同じように存在している『間』なので、台詞がなくてもその部分は『空白』ではないという、ね。
・・・中途半端でごめんなさい(笑)
そして堤さん。上記のふたりがあまりにも巧者なので、ちょっと持っていかれた気もしないではないですが、主役の花あってこその脇、だとも思っているので、そのことを思うといいバランスでの立ち位置だったんじゃないかな。
舞台でこういう女ったらしな役を観ることがそうなかったので、あっちこっちでいい顔をしたり、甘い台詞を言ってみたり、けんかでさえ睦言にひっくり返す恋愛野郎は新鮮でした(笑)あの声での甘い台詞は、なかなかに効果的。うっとりも納得の甘さでしたよ。
段田さんとのシーンが多かったんですが、ぽんぽん台詞を投げる段田さんを受けての台詞は、気持ちがいいくらいのナイスキャッチボール(笑)アドリブで空席に座っちゃったりもして、「隣のおじさん、いいなー」などと邪なことを思ってみたりして。結構近くまで来るシーンもあったんですが、ここまで近くで観ることもないので、やっぱりうれしかった(笑)
あらすじで書いた、『愛しい息子の非業の死という悲劇的結末』。
簡単に言うと、身分の高い奥様に手を出し、それがばれて刺されたんですが、その姿に嘆く父親の前で――息子は起き上がります。
起き上がって服を脱ぎ、舞い戻って来た刺した相手と談笑しちゃったりして。魔術師が見せた世界にいた人間が一堂に舞台上に集まり、それぞれに封筒を受け取っている。なんだか「あ、ありがとうございます」みたいな感じに。
――そう、これは芝居だったんです。
父親のもとを飛び出した息子は、身分違いの女性と恋に落ち、捕まったもののなんとか逃げ出した後、役者になっていたというわけ。
魔術師ももちろん役者で、ふたりを引き合わせるために、それこそ『一芝居打った』ということでした。
それがわかった後から思えば、「あれはそういうことだったのか」というような伏線も感じなくはなかったんですが、ま、私はまんまと乗っかり、盛大に驚かせて頂きました(笑)
今年最後の舞台がこんなにおもしろくて、帰りはほくほくの気分でした。
来年もこういう思いで帰れる舞台をたくさん観られるといいな。
「舞台は夢 イリュージョン・コミック」
――行方のわからぬ息子の安否を気に病む父親・プリダマンは、友人・ドラントと共に洞窟に棲む魔術師・アルカンドルのもとを訪れる。2人は「ご子息がいかに偉大な人物となったかを見せて差し上げよう」という魔術師にいざなわれ、息子の人生の有為転変に、まるで「観客」のように立ち会うこととなった。
次々と息子の身の上に起こる波瀾万丈の果てに最後に行き着いたのは、愛しい息子の非業の死という悲劇的結末。絶望し、自らの命を絶つと口走る父親に、魔術師が明かしてみせた秘密・・・。
幾重にも重なった複雑な「劇」のその先に、思いもかけない世界が立ち現れる――。
今年最後の舞台となった作品ですが・・・むちゃくちゃおもしろかった!
上演時間は2時間で休憩なしでしたが、その2時間があっという間。笑ってどきどきして、最後の種明かしに「やられた!ってこういうことだよね」と、「してやったり」な爽快感を制作側に味わわせてやりましたよ(笑)
ほんと、まんまと乗っかってました。うーん、いい乗り心地だった。
新国立劇場の中劇場(1010席)での上演でしたが、ここの劇場は音響も最高だし、どこに座っても観やすいので、大好きな劇場です。きれいだしね。
チケットは堤真一の会の先行で取ったんですが、真ん中から後ろ寄りという、『さすがは私クオリティー』の座席だったので期待せずに行ったら、舞台を円形にして中央に持ってきていたので、実質前から5・6列目という素晴らしい席でした。
作品は、フランスの古典劇の巨星・ピエール・コルネイユの「問題喜劇」ということで・・・ま、全然知らずに見たんですけども(笑)
『父親が、行方のわからなくなった息子のこれまでを魔術師の力によって観る』がひとつの軸、『魔術師が見せる、息子のこれまでの生き方』がもうひとつの軸。つまりは劇中劇という構造で全体が動いていく作品です。
これがねー、難解ではなく、観ているとどっちの流れもおもしろいくらいにするっと入ってくるんですよ。父親側の「それでどうなったんだ?息子のこの先はいったい・・・」という気持ちにもなるし、堤さん演じる息子のあぶなっかしい生き方や、かかわる女性たち(息子は女ったらしでした・笑)とのやり取りにも感情移入出来る。
劇中劇を取り入れた作品って、結構重めのものも多いし、ちょっと意識を逸らすと置いてきぼりを食らうんじゃないかと、これまで割と一生懸命観ていたので、こういうすんなり入り込める作りのものは初めてでしたね。時間が経つにつれ、テンションがぐんぐん上がっていくのが自分でわかる(笑)
作品のおもしろさはもちろん、舞台の作り方の上手さもありました。装置の面でね。
大きな円形の舞台がひとつ、その横にひとがひとり立てるくらいの小さな円形の舞台がひとつ。そのふたつの舞台のまわりはかなり広めにスペースを取ってあり、大きな板の上に丸をぽんぽんと置いたような感じに見えました。
円形の舞台も、その下のスペースも、観客からすれば『舞台』なわけですが、父親側の芝居は円形の下で行われ、円形の舞台で繰り広げられる息子の人生を観る。観客はその時、『息子の人生を観る父親を観る』という形なんですよね。・・・なんとも素晴らしい三層構造(笑)
客席の最前列が舞台と同じ高さ(円形の方ではなく)なので、ほとんどのお客さんが舞台より高い位置にいるんですよね。なんだか、箱の中で起こっている出来事をこっそりと覗き込んでいるような気分で、おもしろい感覚だなー、と思いながら観ていました。
キャストはもう、皆さん上手い方ばかりなのであれなんですが、なんといっても段田安則さん。
段田さんは魔術師と、魔術師が見せる息子の人生の中での、息子の仕える主人の2役なんですが(えらいややこしい説明ですが)、特に主人の役のおもしろいこと!
主人は主人なんだけど、『ほらふき隊長』と言われ、おだてられることに弱く、腰抜けで、思いを寄せる相手を家来(堤さん)にもって行かれるという、もうほんとにしょうもない間抜けなんですが、その滑稽さがたまらなく上手いんですよね。台詞も多いし、動きも激しいんですが、ひとりで空回ってる印象はないし、絶妙な間なんですよ。アドリブも含め、どのシーンも最高でした。
段田さんと同じくらい、カーテンコールで拍手を浴びていたのが高田聖子さん。
観る機会の多い女優さんですが、いつもいつも心をわしづかみにされてます(笑)もちろん今回も。
どんな役にでもするっと入り込んでいるような気がするんですよね。おもしろい部分が強調されがちですが、シリアスなシーンも深みがあってすごく上手い。声もいちばん通ってたな。
高田さんも段田さんと同じく、ひとりでの台詞も会話での台詞も『間』が絶妙なんですよね。『絶妙』とか『最高』とか、抽象的な表現しか出て来なくてかなしいんですが、その台詞をより活かす『間』、とでもいうのかな。・・・って、これも具体性ゼロですが、台詞と同じように存在している『間』なので、台詞がなくてもその部分は『空白』ではないという、ね。
・・・中途半端でごめんなさい(笑)
そして堤さん。上記のふたりがあまりにも巧者なので、ちょっと持っていかれた気もしないではないですが、主役の花あってこその脇、だとも思っているので、そのことを思うといいバランスでの立ち位置だったんじゃないかな。
舞台でこういう女ったらしな役を観ることがそうなかったので、あっちこっちでいい顔をしたり、甘い台詞を言ってみたり、けんかでさえ睦言にひっくり返す恋愛野郎は新鮮でした(笑)あの声での甘い台詞は、なかなかに効果的。うっとりも納得の甘さでしたよ。
段田さんとのシーンが多かったんですが、ぽんぽん台詞を投げる段田さんを受けての台詞は、気持ちがいいくらいのナイスキャッチボール(笑)アドリブで空席に座っちゃったりもして、「隣のおじさん、いいなー」などと邪なことを思ってみたりして。結構近くまで来るシーンもあったんですが、ここまで近くで観ることもないので、やっぱりうれしかった(笑)
あらすじで書いた、『愛しい息子の非業の死という悲劇的結末』。
簡単に言うと、身分の高い奥様に手を出し、それがばれて刺されたんですが、その姿に嘆く父親の前で――息子は起き上がります。
起き上がって服を脱ぎ、舞い戻って来た刺した相手と談笑しちゃったりして。魔術師が見せた世界にいた人間が一堂に舞台上に集まり、それぞれに封筒を受け取っている。なんだか「あ、ありがとうございます」みたいな感じに。
――そう、これは芝居だったんです。
父親のもとを飛び出した息子は、身分違いの女性と恋に落ち、捕まったもののなんとか逃げ出した後、役者になっていたというわけ。
魔術師ももちろん役者で、ふたりを引き合わせるために、それこそ『一芝居打った』ということでした。
それがわかった後から思えば、「あれはそういうことだったのか」というような伏線も感じなくはなかったんですが、ま、私はまんまと乗っかり、盛大に驚かせて頂きました(笑)
今年最後の舞台がこんなにおもしろくて、帰りはほくほくの気分でした。
来年もこういう思いで帰れる舞台をたくさん観られるといいな。




